アカデミー賞も近くなってまいりましたね。というわけで、一応世間の話題についていこうと、先週末、前評判の高い2作を立て続けに観てみた。
まず、ひさびさに映画館で観た映画が、クリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラー・ベイビー』。ボクシング命のココが観たいと言うので行くことになったのだが、何しろ、オスカー総なめと言われている作品であり、ヒラリー・スワンク演じる勇ましい女性ボクサーがTVのコマーシャルでたしかに印象的だったので、個人的にもこれは観とかないとと思っていた。
で、ですね…
いや、観終わって顔ぐちゃぐちゃになりました…涙と鼻水で。普通公共の映画館では抑えてるんだけど、こ、これは… キツイ。 ティッシュもハンカチも持ってなかったので激しく後悔。こういう映画だったんですね。『ミスティック・リバー』と同じ監督ということを忘れてたよ…こういう展開になるとはね…いやはや。
面白かったのが、終演後、べちょべちょになった顔をうつむけて化粧室に入っていったら、鼻をかんでいる人が何人もいたこと(笑) あんまりそういう状況って遭遇したことなかったので、
あー涙腺がゆるいのはオイラだけじゃなかったのねとちょっと安心。自分が感情移入しすぎたかとちょっと恥ずかしかったので。
くれぐれも、お涙頂戴な作品ではまったくありません。いや〜名優3人のアンサンブルが絶妙。これは感情移入せざるを得ません。あまりに真に迫っているのと、各キャラの造形が素晴らしいです。すごいです。俳優と名乗っている人間は数多いですが、真の才能に恵まれた人たちというのは本当に限られていますな。演技ということを忘れてのめりこんじゃいました。撮影も素晴らしく、光と影を生かしたメリハリのある画面が印象的。
クリント・イーストウッドの、老境にさしかかったトレーナーの、プライドと苦悩、そして愛をあますところなく表現した苦み走った演技はさすがの貫禄。もはやあのダーティハリー野郎と同じ俳優とは思えません。相棒を演じるモーガン・フリーマンの味のあること。これぞ、全身俳優といったところだ。立っているだけでストーリーがそこにあります。そして、そんな名優中の名優二人の強力バックアップを受けて光る、ヒラリー・スワンクの素晴らしい事。強さはもちろん、少年のような純粋さ(少女ではない、あくまでも)が観る者の心を深く深く打つ。何も考えていない純粋さというかひたむきさというか、無垢な存在感がうつくしい。どうにも『ガラスの仮面』の北島マヤ状態です。これこそがプロが『演技する』という事なんですね。決して、美女ではない彼女だが、この映画では神々しいぐらいである。セクシーとか美しいとかそういうんじゃなくて、なんかこう、存在が情熱とピュアさのかたまりというか。外見は化粧っけもなく貧乏な役なんですが、光っています。この役のためにトレーニングし、筋肉で9キロ増えたという鍛え抜かれたカラダにも注目。アカデミーの主演女優賞は有無を言わさず確定。
いや、クリント・イーストウッドってスゴイ監督なんですねえ。『ミスティック・リバー』でのティム・ロビンス、ショーン・ペン、ケヴィン・ベーコンの恐ろしげなアンサンブルも良かったですが、またやりましたね。やはり自分も俳優なためか、起用した俳優の持ち味を生かして最大限のパワーを引き出すことができる監督といわれているが、この『ミリオンダラー…』でまたその評を裏付けたところ。これは作品賞と監督賞もキマリでしょう。
で、2本目の映画に話は変わるが、こちらはソウルの神様、レイ・チャールズの半生を描いた『レイ』。すでにDVDが発売となったので、お家での鑑賞。
こちらも、ジェイミー・フォックスのなりきり演技で、アカデミー主演男優賞は確実と言われている作品。やはりジェイミー凄いです。TVではおふざけな彼、オモロイ奴だったんですが、ここまで俳優として大化けするとは誰が予想できたであろうか。それこそレイ・チャールズが乗り移ったようだ。トム・クルーズとの『コラテラル』も、トム君を完全に食って食ってたいらげる演技で、こちらでも助演賞にノミネートされている彼である。いまや若手の黒人俳優きっての演技派だ。
で、そんなジェイミーの熱演(やはり、俳優としてまだまだこれからだと思うので、名演、というよりは熱演と評したい)がもったいないと思わざるを得ないのが、作品としての映画の弱さ。幼少期のトラウマとその克服を絡めたストーリー展開は良い。回想シーンの、アメリカ南部の故郷の幻想的な風景も良い。が、レイ・チャールズの人間的な魅力や深さがほとんど描かれておらず、非常に表面的な印象を受けてしまった。早い話が、辛口に言えば、モノマネ映画になるかならないかの微妙な線。同じ感想を、ウィル・スミス主演の『アリ』にも持ったのだが…モテモテで女性問題でトラブルを起こし続けたけど才能とガッツがあって不屈の精神で時代をリードした男、という、ピンプ的ヒーローの定型を描くことに執心しすぎている。丁寧さ、繊細さが足りず非常にイライラさせられた。男性にとってはそういうセックス・シンボル的な姿は男のいわゆる甲斐性というか、理想なのだろうか。人間的魅力を描くほうがあまりにおざなりで薄っぺらく感じられ、せっかくのジェイミーの熱演も音楽も、あまり厚みを増してこない。とくにラストへの展開はあまりに性急すぎる。画面上の文字による説明だけで片付けるのはどうだろうか。衣装や時代背景などの作り込みも良かったのに… で、そんな内容のわりには、パフォーマンスシーンが多いので上映時間が長く、冗長に感じられた。同じ時代を背景にした、スパイク・リー監督の名作『マルコムX』とは作品としての丁寧さの点で、雲泥の差である。
これはあくまで個人的感想なのでご容赦を。ジェイミーに主演男優賞は確実だが、作品賞としてはまず望み薄だろう。ま、ジェイミーのなりきりぶりと、レイ・チャールズの名唱の数々を楽しむための映画と割り切るべきであろう。
そんなわけで、ひさびさに映画三昧の週末だった。今週末には、例のカンヌ映画祭での快挙で名高い日本映画『誰も知らない』の公開がNYでもスタートしたので、観てきたいと思う。