今日のお題はこちら、"doubles"です。『ダブルス』、テニスのダブルスみたいだがこれは食べ物の名前。トリニダッド名物で、皆が言っているのを聞くと単に『ダボー』と聞こえるのでそれで通じるだろう。さてこのダブル、正式には朝食に食べるものらしいが、ちょっとした小腹満たしスナックとして広く親しまれている。位置づけとしては、日本のたこ焼きみたいなものだろうか。気軽に食べられるおやつ的軽食だ。一言で表現するなら、揚げパンに豆カレーがはさまったような感じの、インド系のメニューである。
カーニバルの国トリニダッドは、アフリカ系、インド系、中国系、ヨーロッパ系と様々な人種、文化を背景に持つ人々が集まって出来ている国で、他のカリブの国と比べても非常にリベラルなところがある。よって、よそ者にも比較的親切なお国柄。何と言っても基本的に、一年間をカーニバルのために暮らしているような人々である。皆で歌って踊って食べて飲んでが大・大好きなパーティ野郎たちの国なので全体におおらかだ。これは人付き合いはじめ言語、音楽、もちろん料理でも言えることで、様々な国や部族の影響が混じり合って独特の豊かな文化を形成しており、それをまた非常に誇りにしている連中でもある。中でも人口比の割合から言ってアフリカ系、インド系の影響力がとりわけ大きく、時に政治的に対立することもあるようだが、概ね、日常生活の中ではうまくやっているようだし、異人種間のカップルもごく普通に存在している国、それがトリニ。ついでに言うと、混血のなせる技か、小さい島なのにホントにべっぴんさんが多くてミスユニバース、ミスワールドを輩出している。
とまあ、そんなわけで、以前このブログでも取り上げた、アフリカ系の定番料理
pelauや
callalooなどと並んで、カレー味のおかずはトリニの人気食で、このダブルしかり。老若男女が大好きなスナックだ。現地では、たこ焼きよろしく主に屋台で売られているもので、ちゃんとした所から買わないと当たったり(汗)するらしいが、NYのカリビアン・コミュニティーではレストランのメニューのひとつとして売られている。値段は大体、一個1ドル程度(本国では、物価が安いのでこの半分ぐらいの値段のようだ)。お腹が一杯になるまで、2個、3個と食べ続けるのが彼等流。一度に4個ぐらいは完食して当たり前らしい…。
しかしここで、『一個』と言っても、一個じゃないのが『ダブル』たるゆえん。"bara bread"『バラ・ブレッド』という直径約3〜4インチ(大体10センチ前後か)、ふわふわした揚げパンというかパフのようなものが2個1組になっており、間に"curried channa"『カリー・チャンナ』という、豆をややベースト状に煮たカレー風味の具が挟まっている。このスタイルが成立するまでには嘘かホントかストーリーがあるらしく、起源は70年代まで遡る。サトウキビのプランテーションで働いていた男が、屋台に転職してbaraとcurried channaを売り出した。そのうち、客の一人が『オレのはbara2個でね』と注文し、何となくやってみたら何かサンドイッチみたいになって旨かったし腹もふくれるしで人気になり『ダブル』スタイルが定番に…ということらしい。マジか。
さてこのダブル、客に合わせてカスタマイズが何通りも可能なメニューとしても有名。ほかに激ウマ・サメフライバーガー
"bake and shark"もそうなのだが、そのカスタマイズがまた醍醐味だったりする。基本のbaraとcurried channaの他に、各種ソースや添え物を注文して好きな味にして食べるのがミソ。チョイスとしては、まずは一にも二にも名物、スコッチボネット・ペッパーを原料とする激辛ホットソースに、香菜のような香りが独特のハーブ"shadow beni"(シャドウ・ベニ)ソース、タイ料理なんかでもよく使われる木の実を使った甘酸っぱいタマリンド・ソース。ほかには、トマトの和え物、すり下ろしたキュウリ、下味をつけたマンゴー、にんじんやタマネギをすりおろしたサラダのようなもの、変わったところだと、ロースト・ココナツのフレークなんかも入れるそうだ。店によって用意している具やソースが違うので、それによって各自行きつけのダブル屋が決まってくる。我が家の場合は、わざわざ車を飛ばしてお隣クイーンズ地区のインド系カリビアン街まで出向いている。お気に入りの店はキュウリと"shadow beni"ソースの良さが高得点。
で、店に入ったらおもむろにダブルを注文するわけだが、通はここで"with everything"と注文。この『エヴリティング』(彼等はthingをtingと発音する)オーダーでは、これら全ての付録アイテムがのっけられてくる。初心者はよくわからんので、もーう全部いれちゃってよお兄さんどうせタダなんでしょ、とオバちゃん的観点から『エヴリティング』を頼みがちだが、これは実は危険行為だ。大量のホットペッパーでものっっすごい事になってしまう。筆者も以前エライめに会いましたよ、ええ。それからと言うもの、あ、ペッパーはね、少なめでおねがいしやすよ、キュウリは入れてねダンナ、と腰を低くして言うようにしている。我が相方コラーニ氏は当然、コアなトリニ野郎なので毎回必ず『エヴリティング』を注文し、鼻を真っ赤にして涙を流しながら食らっているが。
さて、たかが一個一ドルなのに実はそんな奥の深いスナック、それが"doubles"だ。相方は週に一度はむしょうに食べたくなるとのこと。で、家で作るものなのかというと、こればっかりは屋台メニューらしい。もっとも好奇心旺盛グルメなヤンエグのコラーニ氏は家で作ったことがあるそうだが。というのは、材料がなかなか手に入りづらく、bara(揚げパフ生地)の配合が難しいのだ。ネットで出回っているレシピは小麦粉だけを使ったものが多いが、本式は"split pea flour"、スプリット・ピー(写真右)、普段はスープなんかに使われる黄色い半割り豆を挽いた粉をブレンドして使う。この粉がなかなか売っていないのだ。件のクイーンズのインド系カリビアン街でそれらしいものが売られてはいるが、相方曰く『たぶん、本物とは違う…』とのこと。で、レシピによってはイーストを入れて発酵もするし、べとべとの生地を成形して油で揚げたりもするし…といざ家庭で手作りとなるといろいろ大変らしい。
中身の具のほうは比較的カンタン。インドカレーによく使うchanna(ひよこ豆)を、カレー粉やスパイス、たまねぎ、ニンニクなんかと、豆のカタチが崩れるぐらいまで煮込んだもの。ごくあっさりした薄めのカレーといった感じである。だからこそ、あとから足す各種ソースや添え物が生きてくるわけなんだが(で、1ドルで買えるモノのためにまた、そういうスペシャルなサイド一式もわざわざ用意するとなると…どうも限りなく面倒だ)。
でも、これだけ人気だと、近い将来レストランを開いた場合のメニューから外せないんではなかろうかと思うので、粉の問題が解決したらぜひ、挑戦したいものである。スプリット・ピーを買って来て、水で戻したのを自分で潰して作るという手もあるらしいので、そのうち頑張ってみたいと思っている。