ここのところ、このブログではCOSKEL関連のお知らせ系の記事が続いていたのだが、本日は久々に、カリブ料理のコラムを更新したいと思う。今回取り上げるのは、Breadfruit Oildown (ブレッドフルーツのオイルダウン)というメニュー。
Breadfruit(ブレッドフルーツ)とは、直訳すると『パンの実』。パンのごとく主食にもなればスナックにもなるという、カリブ諸島各地では様々に調理され重宝されている果実である。元々の原産は、インド、マレー地方からパプアニューギニアあたりまでを含む西ミクロネシア一帯と言われているから、南国特有の植物だ。カリブでは18世紀に、その栄養価に目をつけた英国政府がタヒチから大量のブレッドフルーツの苗を輸入、ジャマイカ、セント・ヴィンセントなどのプランテーションで奴隷として働かされていた人々の食料として栽培が始められ、徐々に普及していったとのこと。当初、奴隷達の間では、英国政府に押し付けられた外国産のうさんくさい果物として食用にすることを拒まれ、主に動物のエサとして使用されていたブレッドフルーツだったが、今ではカリビアンの食卓には欠かせない食材となっている。
NYブルックリンのカリビアン・コミュニティ内では、よく八百屋の店先に並んでいるものの、マンハッタンではまず見かけないであろう。直径12〜15cmぐらいだろうか、片手で持てる大きさの球状の果実で、ちょっとごつごつしたウロコのようなテクスチャーの緑色の皮に覆われている。相方のトリニの実家の庭にも、このブレッドフルーツの木があるそうだが、こんな大きさの実がボトンと落ちて来たりするので結構危険らしい。包丁で割ってみると、クリーム色の果肉が現れるが(下写真・隣はグリーンバナナ)、果物というよりはやはり野菜、水分もなく固い芋のような、栗のような質感だ。クセのないあっさりした味で、スライスしたものをフライドポテトのように揚げたり、シンプルに蒸かしたり、マッシュしてコロッケのようなお団子にしたり、バター炒め、グラタンにしたり、はたまた、乾燥させたものを粉に挽いて小麦粉のように使ったりと、非常に調理の応用範囲が広い。ちなみに、ジャマイカ出身の人気レゲエアーティスト、Buju Banton (ブジュ・バントン)の『ブジュ』とは、このブレッドフルーツの意。今でこそ、すらりとした体型の彼だが、幼少時には真ん丸でぽっちゃりしていたそうで、母親が名付けたニックネームを芸名にしたとのこと。
さて、このブレッドフルーツをメインの食材に用いた人気メニューが、今日ご紹介するOildown(オイルダウン・下写真)だ。皮を剥いて大きめの角切りにし、水にさらしてアクを抜いたブレッドフルーツを、塩漬け肉(牛でもよいし、豚のしっぽなどが使われることも)、グリーンシーズニング(ハーブや香味野菜)、スコッチボネットペッパー、ピメントやローリエなどのスパイス類と、人参、セロリ、たまねぎなどの野菜と一緒に、ココナツミルクで煮込んだシチューだ。煮込んで煮込みまくって、ココナツミルクの水分が蒸発し、ココナツオイルのみが残って、てらてらと光るぐらいになるまで調理することから、オイルダウンと呼ばれる。おそらく、これも
カラルー同様、西アフリカを起源とする調理法と見られるが、もともとはパームオイルを使ったからではという説もある。人によっては、そこまで煮込まずにもう少し水気のある、スープ風の状態に仕上げるようだ。我が家の場合、これは相方が調理を担当する一品であるのだが、彼はクリームシチューのかなり濃い目な感じ、ややどろっとしたテクスチャーに仕上げている。
さらに、緑のバナナ(若いバナナはカリブでは調理用の野菜として扱われ、やはり芋のような質感)、dasheen(カラルーの根っこにできる芋)や、cassava(キャッサバ芋)やsweet potato(サツマイモ)を入れたり、また、ダンプリン(すいとんのような小麦粉の団子)まで入れる場合も。何しろ、このように芋だらけの具沢山な上、ココナツミルクのコクも相まって、しつこいということは決してないものの、かなり滋養があって、ひと椀で十分お腹いっぱいになるメニューだ。はふはふ言って、熱々を食べるのが美味しい。おそらく、かつて奴隷だった人々も、これを食べて空腹をしのいだであろうことは想像に難くない。
このオイルダウン、トリニダッド人の好物のひとつとして数えられるが(意外にもアンケートの結果、見事、ロティやピラウ、カラルーを差し置いて第一位に輝いたそうだ。
こちらを参照)、ご近所のGrenada (グレネイダ/カリプソの帝王マイティ・スパロウの出身国としても知られる)のナショナル・ディッシュ、すなわち名物料理として広く知られている。またジャマイカでも、Rundown(ランダン)という、やはりココナツミルクがオイル状になるまで煮込む同様の料理がある。