2月に入って、そろそろヴァレンタインズ・デーの到来。欧米では、男性から女性に、あるいはカップルの間でプレゼント交換という場合もあるが、チョコレートに限らず、バラの花や香水、ランジェリーなどを贈るのが一般的。一方、日本では特に、女性が意中の男性にチョコレートを贈る日として知られている。デパートに入っているような有名ショコラティエのグルメチョコから、近所のスーパーで手軽に買えるもの、そして自分で手作りとよりどりみどりな昨今、チョコ選びにお悩みの方も多いのではないだろうか。せっかくいろいろな種類のチョコレートが出回る季節、男性へのギフトでなく、自分へのご褒美で高級品を買うというのもありだろう。ちょっと手に入りにくいけれども、今年は、トリニダード産のチョコを味わってみるというのはいかがだろうか。
チョコレートの原料となるカカオの実、その一大産地と聞いてまず日本人が思い浮かべるのは、赤いパッケージのガーナチョコレートでおなじみ、アフリカのガーナかもしれない。他には、南米エクアドル、ベネズエラにメキシコなども有名だが、ヨーロッパ諸国のショコラティエやパティシエなど、言わばプロの目利きが血眼になって仕入れるのが、実はトリニダード産のカカオ豆なのである。他の産地のものと比べ、豊かな香りと風味を特徴とするのに加え、生産量が限られているため希少性が高く、市場でも高値で取引されている。
トリニダード島も、他の産地同様、熱帯に位置するためカカオの木の生育に必要な気候条件を備えており、入植者によって最初に苗が持ち込まれたのが、はるか昔の1525年のこと。以来、プランテーションがつくられ、現代に至るまで栽培が行われてきた。トリニダードで採れる種類は、『Trinitario』種と呼ばれるもの。バナナや柑橘類など、熱帯の果樹と一緒に育てられ収穫される。トリニダード島のなかでも、Diego Martin, Blanchisseuse, Toco, Arima, Cunupia, Chaguanas, San Rafael, Pointe-a-Pierre, La Brea, Trinity そしてGuayaguayareなどの地域が、カカオ栽培で有名だ。
たとえ国際市場で高値で取引されていても、ローカルの人々にとっては農作物の一種に過ぎないわけで、気軽に食されている。通常、カカオポッドと呼ばれるさやの中から豆を取りだし、発酵させ焙煎したのち、皮と胚芽を除いてすりつぶしたものがカカオマスと呼ばれ、これにミルクや砂糖、カカオバターを練りまぜて加工したものが、製品としてのチョコレートだ。また、カカオマスを脱脂し乾燥させたものが、ココアパウダーとなる。一方、トリニ現地では、カカオ豆を挽き、シナモンやナツメグ、ジンジャー、ベイリーフなどのアイランド・スパイスとすり混ぜて(下写真参照)固め、乾燥させたものが道ばたなどでよく売られている。棒状だったり、あるいはボール型だったりするのだが、これをすりおろして再び粉状にし、お湯に溶かし入れ、コンデンスミルクやヴァニラエッセンスで味付けしたものが、『Cocoa Tea』(ココ・ティー)と呼ばれる人気の飲み物。日本のホットココアと違って、もっと『お茶』っぽく、独特のスパイスが効いているため、チャイティーのチョコレート版のような感じだろうか。ミルキーで濃厚なココアを飲み慣れた日本人には、やや水っぽく感じられるかもしれないが、トリニダードの名物だ。
トリニダード産原料を使用したチョコレートは、前述したように出回っている量も少なく、手に入りにくいが、欧米のチョコレート専門店のサイトから買うことができる。ミルク・糖分のない、製菓用のバー状のダークチョコレートやココアパウダーを入手し、自家製ココ・ティーを制作してみることが可能だ。
E.Guittard Chuchuri Chocolate Bar
Valrhona Gran Couva Chocolate Bar
Valrhona Cocoa Powder
また、グルメな方ならご存じであろう、日本で最近人気のベルギーのショコラティエ、
ピエール・マルコリーニでは、世界各地のカカオ豆を原料とした
『World Flavors』というコレクションを展開しており、そのなかにトリニダード産のものも含まれている(写真左)。日本でも、店頭でなら買えるかもしれない。他にも、こちらも有名なフランスの
リシャールといった高級店でも、トリニ産カカオを使用したチョコが購入できる。お店の人に聞いてみるとよいかと思う。
しかし、トリニダード・トバゴという国、日本の千葉県ほどの大きさに過ぎないにも関わらず、今回ご紹介した最高級カカオ豆をはじめ、石油にボーキサイト、ビーチ、ハチドリやスカーレット・アイビスなどの貴重な熱帯生物の楽園、そしてもちろん、カリプソ、ソカ、スティールパン、『Greatest Show on Earth』とよばれるカーニバル、ミス・ユニバースに代表される美女、ワールドカップ出場… ちょっと挙げただけでも、恐ろしいほどに充実した『名産品』のラインアップを有していることにお気づきだろうか。人口110万人に満たない、あれほどちっぽけな国がである。そして、毎年、必ずハリケーンの軌道から外れるという伝説を持つ国でもある。トリニダディアンたちが誇らしげに、『God is a Trini - 神はトリニダード人に違いない』という言葉を使うのを聞くが(デイヴィッド・ラダーの名曲、
『Trini to de born』の歌詞にも出てくる)、それにも頷けてしまうような、世界でも稀な、まさに神に祝福された地ではないだろうか?そしてそれが、筆者がこの風変わりな、カリブの最南端の島国に惹き付けられて止まない理由でもあるのだ。