『When yuh wine on me, I get cold sweat...(キミみたいなコにワインされたりしたら、ボク、ドキドキして冷や汗かいちゃう)』…何とも情けない男が主人公なのが大受けして、今年上半期のスマッシュヒットとなったCrazyの曲、
Cold Sweatの歌詞にそんな一節がある。この、wine(わいん)とは何か。カリブの島、トリニダード・トバゴが良質なワインの生産地というわけではない…いや、これから説明する意味でも、ある程度当てはまるだろうか(笑)。
トリニダディアンがwineと言ったら、十中八九、それはカリプソやソカに合わせて踊るダンスのことだ。wineは名詞であり動詞であり、wineする=winingとなる。ネット上で『ワインダンス』という表記を見かけるが、彼等の間では、飲み物でなくダンスを指す場合でも、wineという一語だけで使用される。状況によって、wine on、wine down、wine with 誰々、といった組み合わせでも使われる。
具体的には、
A sexually suggestive dance using winding hip movements that can make the hula look tame, usually done to soca music.
フラダンスのような腰をうねらせる動きを取り入れたセクシャルなダンスで、主にソカミュージックに合わせて踊られる
To gyrate, to rotate hips in a suggestive manner.
性的なものを想起させるやり方で腰を回転させること
…と、何やら日本語に直訳すると身も蓋もないような感じである。たしかに刺激的でセクシーではあるものの、実際に音楽に合わせて踊っている様子にはいかがわしいとか淫らな感じといったものはなく、むしろ大いに楽しそうに見える。その起源自体は、西アフリカで行われる民族的儀式などでの舞踏に由来しているという説が有力だ。ダンスといっても、アクロバティックな技を繰り出すレゲエダンスのように専門的な訓練が必要なものではなく、音楽に合わせて自然と体が動いてしまうといった種類のものであるから、単に『ムーブメント』と表現すべきかもしれない。一人でも踊るし、男女のペアでも、また男女入り乱れて数人で、あたかも串団子(笑)のように連なって踊ることもある。
レゲエの国ジャマイカでは『winey (ワイニー)』と発音するようだが、トリニに言わせると、ジャメーカンはワインできないらしい(爆)。それほど、彼等トリニはwineできるかできないか、ということに非常にこだわる。極端に言えば、日本人が箸を使って食事できるのを当たり前とするようなものだ。トリニダディアンの集まるパーティへ行ったはいいものの、大音量でカリプソやソカが鳴り響く中、棒立ちしていたのではマナー違反。即座にその場の笑い者にされてしまうという厳しい(?)社会なのだ。
何しろ、ごく小さな子供から年配のおじさんおばさんまで、誰もがwineできるのが普通である。Mr Slaughterのヒット曲
Spread the Loveに、『Soca in meh vain, soca in meh blood... (俺の血管にはソカが流れてる、血に溶け込んでるのさ)』という一節があるが、そういった環境で育っているから、アフリカ系、インド系、ヨーロッパ系、アジア系…人種に関わらず、トリニダードの人間なら誰もがダンス好きで当然なのだ。
また、セクシーな動きだからと、女性の踊るダンスと思われがちだがとんでもない。男性でも踊る踊る。wineが上手い人は、
"Winer boy" (わいなー ぼーい)
"Winer gyul" (わいなー ぎゃる)
と呼ばれて周囲の尊敬を集めるのである。うちの相方などは、かなり小さい頃(幼稚園児ぐらいとか)にwiner boyとして近所で有名だったらしく、親戚やお客が家に来ると、winingを披露してはお小遣いをもらっていたそうである…ある意味、プロのダンサーだったのだ(爆)。そのぐらい、トリニダディアンなら、子供の頃から大人に交じってパーティに出たりカーニバルに参加したりすることで覚え、体の芯に染み付いているダンスなのだ。
一般の人でも踊れて当然だから、ステージに立つソカのアーティストなら必須のスキルであることはいうまでもない。wineの名手として特に有名なのは、Denise "Saucy Wow" Belfoneだろう。彼女の域に到達するには、長い年月と持って生まれた才能、さらに臀部、大腿部に相当な筋力が必要なのは確かだ。彼女を見てもわかるように、痩せている、太っているはwineの出来に関係ない。むしろ、いわゆる『big bottom』、大きめのお尻のほうが好まれるであろう(これはアフリカ、ラテンアメリカ的価値観に基づいているが)。筆者が今まで直接見た中では、Fay Ann Lyonsが上手だと思った。彼女は女性ながらばっちり割れたものすごいお腹をしているから、上質のワインを醸造(笑)するには、腹部の筋力も当然重要であることは明白だ。Destraも当然、ラヴァンティー魂が炸裂な感じでスキルフル。逆に意外なのがAlison Hindsだ。ワイニング・スキルに自信があまりないせいなのか、男性をステージに上げて絡んで目くらまし?することが多い…歌はとても上手なのだが。男性アーティストなら、とりあえずはみんな大好きMachelを挙げておけば問題ないだろう。
百聞は一見にしかず。YouTubeでさくっといってみよう。
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一般人のみなさん:
2006年トリニカーニバルのロードマーチの様子で、皆楽しそうで個人的にもとても好きなビデオ
http://www.youtube.com/watch?v=1Uu1H4sbRLQ
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プロのみなさん(PV含む):
しかし歌いながらあれだけの運動量をこなすDeniseやDestraはやっぱり超絶的…口パクのブリトニーは見習え。
Denise Belfone(いよっ姐御!!)
http://www.youtube.com/watch?v=9E6sCevbz5c <コンサート録画>
http://www.youtube.com/watch?v=Ld82vr5ULZo <コンサート録画>
Fay Ann Lyons(腹筋に注目。PVでは本人はあまり踊ってないが何かすごい楽しそうな映像)
http://www.youtube.com/watch?v=trqifPZ_FJc <コンサート録画>
http://www.youtube.com/watch?v=rtT8Y8WpepY <PV - "Party">
KMC(曲はずばりwineについてだが、本人は別に踊ってないので周囲で踊りまくるダンサー陣に注目)
http://www.youtube.com/watch?v=Z4yPh7CTqtk <PV - "Ruff Wine">
ダンサーかモデル(2名のうち肌が黒い女性のほうが断然上手いので、そっちだけ見てればOK)
http://www.youtube.com/watch?v=IX8iR4A-6EA
Machel and Alison(Alisonが得意?の絡みを披露…)
http://www.youtube.com/watch?v=mA0vkPUjx1Q <コンサート録画>
Destra and Machel(不朽の名曲の実にラブリーなPV。It's carnival♪)
http://www.youtube.com/watch?v=cRZlEEVVCxE <PV - "Carnival">
Destra(最近どっしりしてきたからかダンスにもいよいよ磨きがかかった様子)
http://www.youtube.com/watch?v=Cl53t_1WwXs <コンサート録画>
http://www.youtube.com/watch?v=6WJT6uZo0Fs <コンサート録画>
Kevin Lyttle(同曲のビデオはメジャー向けとローカル向けと2種類存在するが、ダンスを観察するなら後者のほうが自然)
http://www.youtube.com/watch?v=pdHIXf4k3F4 <PV - "Turn Me On">
さて、多くの方が、『果たして日本人にも踊れるのだろうか?』という疑問を抱かれることと思う。結論からいうと、さすがにプロのパフォーマーのようにはいかないが、基本的なリズム感さえあれば、パーティやカーニバルで恥をかかない程度には誰でも踊れるようになる。結局のところ唯一の方法は、トリニダードの子供たちと同じような環境、すなわち、"Soca in meh vain, soca in meh blood..."な状況にひたすら身を置く、これに尽きるかと思う。レゲエやヒップホップと違い、スクールで習うようなダンスでは決してないからだ。iPodを活用するもよし、クラブ通いするもよし、いっそ世界各地のカリビアン・カーニバル行脚をするもよし。まずは音楽を浴びるように聴く、というか体験することで、カリプソやソカの、
『ルトゥンク・ドゥントゥン、ルトゥンク・ドゥントゥン』
あるいは、よくiron(鉄くずを利用したリズム楽器)によって刻まれる、
『ラカン・タンカタン、ラカン・タンカタン』
というあの独特の『間(タイミング)』を持つリズムを体で掴めるようになることが肝要だ。身近にwiner boyかgyulがいてくれればなおよい。何気に観察しよう(爆)。
全然参考にならないのを覚悟で記すが… まずは足を肩幅かそれより広めに開いて、音楽というか、ビートに合わせて左右交互にリズムを取るところから始めよう。ひざやかかとを利用してリズムを刻むが、基本的に足はその場から動かさず、ずっと同じ場所に立ったままだ。今度はそこに腰を回す動きを加えてみよう。ひざを軽く曲げ、腰を入れた状態でお尻をやや突き出すように、真上から見たら、旋回させるような、『の』の字を描くような気持ちで。左回りでも右回りでもどちらでもとりあえずは回しやすい方向でよい。体の『前後』に腰を振るのでなく、あくまで気持ち的には横回り、なのがポイントだ。
その際、上体=ウェストから上、は動かさないのがコツ。筆者がコーチ(笑)である相方から聞いた中で、一番重要だと言われた点である。ウェストを境とした上半身と下半身、それぞれに意志があって動かせるんだと思い込もう。とくに胸全体から上は極力固定する。腕は普通に垂らしていても、髪をかきあげたりでも何でもよい。上半身を保ったまま、とにかく下半身を意識的に回転させる。ほぼ中腰の状態での動きが続くので、かなり腹筋と腿全体の筋肉を使うことになるだろう。慣れてきたら、テンポの早いソカ(例えばShurwayneの
De Band Cominあたり)に合わせ、腰から下を周囲にブン投げるイメージで回してみよう。強いて言うならば、フラフープに近い動きだろうか。ただ、先に述べたようにソカのリズムには独特の『間』があるので、そこに腰を落とし込む特有の感じを掴もう。とにかく上体は動かさないこと。
それから大事なのは、堂々として気遅れしないことだろう。くれぐれも、及び腰なんてのはいけない。恥ずかしいと思ったらまずできない。カーニバルの映像等を見ているとよくわかるが、winingというのは本来、人に見せるためのダンスではなく、自分自身が音楽を、パーティを楽しむためのダンスだということを忘れないようにしよう。慣れてくれば、放っておいても、ソカがかかると腰から下が音に勝手に反応するようになるだろう。いやほんとに。
以上、ごくごく基本のwiningについて、無理を承知で文章で表現してみたつもりだ。読み流していただいてよし。そして、ひとことでwineと言っても、実はこんなに技というか種類があるんだよというのが、下の画像である。トリニダードの新聞、ガーディアン紙に掲載されたなかなか可愛いイラストだ。面白いので必見。いわゆる、"The art of winining"といったところだろうか:
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よくwineの習得法として観光客などに伝授されるのが、1番の『Dollar Wine』である。全方位に向けた腰(お尻)の回転を、それぞれ、左=1セント、右=5セント、後(背中側)=10セント、前(お腹側)=1ドル、と覚え、腰を各方向に順に動かしていけばいいというものであるが、筆者にはこれはかえって混乱のもととなった(爆)。2番はお尻をスムーズに左右に振るという動きである。これはよく、カーニバルのトラックの上で、手すりにつかまってやっている人を見かける。オールマイティな3番ができていれば、1人で踊ってもパートナーと2人で踊っても問題なく対処できるが、パートナーがいる場合、相手と曲にうまく回転のタイミングやスピードを合わせることに心を砕くこととなろう。4番はかなり腿の筋力が必要になるので、日頃からスクワットや自転車漕ぎなどでじゅうぶん鍛えておかなければならないが、できると感心されるであろうスキルのひとつだ。
5番あたりは夜更けのパーティで、会場がbachannalな雰囲気になってきたらjump up チューンに合わせてやると非常に盛り上がる。6番は歩きながらwineするという、カーニバルのロードマーチで必須のスキルだ。ちなみに早足で歩きながらステップでリズムをとることを"chip (chipping)"という。それプラス腰の回転というわけだ。7番はfete(フェット/ソカのコンサートのこと)向きだろう。バンダナやフラッグなど、頭上で振り回すものがないと格好がつきにくいと思われる。個人的には、格好よいwiningのキーはやはり、上体の安定と膝を活用したバランスの取り方だと思っていたりするので、8番の習得をすすめたい。9番は、マスバンドがファイナルステージに上がったところ、大団円のところでやっている人が多い気がする。10番は解説にDeniseの名が上がっているように素人には難しい技かもしれない。
さて、これまで書いてきたように、人種に関係なく『トリニダードの文化』の中で育ってきた人であるなら誰でもwineの名手足り得るのだが、ただ、Shadowの曲『Naughty』の歌詞に出てくる名文句、『wine like a ball of twine(球をころがすようにワインする:お尻を糸玉にたとえたもの)』が可能な人、すなわち臀部が自在にコントロールできる人はやはり、筋力とリズム感に人一倍恵まれたアフリカ系の女性に圧倒的に多いだろう。もともと、このダンス自体がアフリカを起源としているのだから当然といえば当然であるが。
筆者の個人的感想では、テンポの比較的遅いカリプソにwineするほうが実は難易度が高いと思う。回転の動きも曲のタイミングにも『止め』とか『溜め』が入ってくるため、相当筋力がいるし、より繊細な動きになる。いわゆるslow wine(スローワイン)というものだ。でも、若者がカリプソでwineできると、年配の人にはとても感激される(爆)。そして、カリプソ・ローズやスパロウのwiningは、それはそれは素晴らしい。ローズ65歳、スパロウ70歳である。本当に、年齢にも性別にも関係ないのだ。あと、カリプソニアンの中でも、シャドウのダンスは一見の価値ありだ。あの気難しそうな老齢の魔法使いみたいなシャドウが、ステージでは実にご機嫌でwineしてくれるのである。
トリニダードにも中国系の人はそこそこ多いし、ダンスが上手な人ももちろん普通にいるのだが、それでも一般にトリニは『チャイニー(アジア人の総称・やや蔑視が入る)はワインできない』という先入観を持っているので、そんなところに一発かましてやると、案外、結構すぐ友達になれたりする。せっかくパーティに行くのだから、異物扱いされるより場に溶け込めたほうが何倍も楽しい。彼等は往々にして、自分達のカルチャーに対して愛や理解を示せる外国人にはフレンドリーだ。winingも一種の社交術として覚えておくと便利なスキルではある。