今週末はクリスマスということで、本日はトリニダッドのクリスマス音楽、Parang(パラン)について触れてみたい。ソカやカリプソとはひと味違って、これまた、トリニダッドという国の歴史的、文化的な深みをしみじみと感じられること間違いなしの音楽ジャンルなのだ。(後半で、音源サンプルを載せましたのでお聴き逃しなく!)
さてパランとは何ぞや。元々は、Parrandaという言葉から変化したもので、『陽気で浮かれた楽団の演奏』といった意味だそう。英語ではなくスペイン語である。伝統的には、"Paranderos" パランデーロたち(パランの演奏家や歌い手たち)で結成された流しの楽団が近所の家々を回って、即興でクリスマス・キャロル(クリスマスの奉祝歌)のセレナーデ、すなわち数楽章からなる合奏曲を披露して人々を楽しませるというもの。一行は、歌のお礼として食べ物や飲み物でもてなされるのがしきたりだ。
これらの食べ物、飲み物はそのまま、トリニダッドのクリスマス・ディナーのメニューとなっている。またいずれ、料理のコラムで詳しく触れたいと思うが、Pastells(パステル)というコーンミールとレーズンを混ぜた具をバナナの葉で包んで蒸した、日本の『ちまき』のようなスナックや、大きな塊のハムをはちみつのソースでこんがりとローストしたもの、Poncha Crema(ポンチャクレマ)という、ミルクセーキにラム酒が入ったようなお酒などが定番だ。夜明けまで食べて飲んで踊って、家族や親しい友人達と楽しく過ごすのが南国トリニダッドのクリスマス。そんなひとときを彩る音楽がパランなのだ。
パランの起源にはいくつかの説がある。まずは、トリニダッドがスペインの占領下にあった1498~1797年の間にパランが定着し、その後、スペイン系・フランス系の黒人(クレオール)の子孫たちによって、その後の英国統治時代も脈々と受け継がれてきたという説。もうひとつは、パランはスペインからトリニに持ち込まれた音楽だが、ベネズエラを経由しているという説。ベネズエラは南米大陸の国であるが、実はトリニダッド島からはカリブ海を隔てて目と鼻の先の距離で、同じく南米の国ガイアナとともに、トリニダッドに大いなる文化的影響を与えてきた。パランはベネズエラでも演奏されており、この第二の説では、トリニでも、ベネズエラ人たちとの交流によって盛んになったと考えられている。
1962年のトリニダッドの英連邦からの独立後には、パランをはじめとする多くの地方芸能が、だんだんと見直されるようになった。国を挙げてのコンテストも行われるようになり、国立パラン協会といった組織も設立されるまでになった。こうして、パランはカリプソ、ソカに次いで、トリニの国民に広く親しまれる音楽となったわけである。
パランはクリスマス音楽なので、文字通りの季節モノである。『パランのシーズン』というものが決まっていて、11月上旬から1月6日までと非常に具体的なのが面白い。この1月6日というのは、キリスト教では『顕現日』という祝日。時に、2月2日のまた別の祝日までとされる場合もある。近年では、クリスマスだけでなく他の宗教的な祝日(イースターなど)や、結婚式のような祝いの席でもパランが盛り上げにひと役買うことがあるそうだ。
パランの演奏に使われる楽器だが、主なものは弦楽器で、アコースティックギターの他に、Cuatroと呼ばれる4弦のギター、それにバイオリン、マンドリンや、バンドリンと呼ばれる大きめのウクレレのような楽器などが加わる。さらには、Chac-chac(またはマラカス)という楽器や、叩いて奏でる木製のウッドブロックといったもので軽快なリズムを刻んでサポートする。そしてベースには、Box Base(ボックス・ベース)と呼ばれる非常に特異な、一見してエレキギターのアンプかなにかのような、四角い箱に弦がついた柄が突き出したような楽器が用いられる。モダンなバンドでは、フルートやスティールパン、エレキベース、ひっかいて奏でるギロ、ラテン系音楽のパーカッションが加わることも。パランのリズムにはラテン、スパニッシュ音楽の影響が顕著であるが、ソンやクンビア、メレンゲといった特徴的なラテン音楽ともまた異なる独自のものだ。
伝統的なパランの歌詞では、クリスマス音楽ということで宗教的、キリスト教的な(スペイン系カトリックの)内容について歌われる事がほとんどだ。本来のクリスマスの意味や、古い時代のクリスマスの逸話などが語られる。そして全編がスペイン語で歌われるのだが、クレオール語や、ベネズエラなど南米の国、もしくはプエルトリコやキューバ等のカリブの国々で話されているスペイン語などとは異なり、いわゆる"Spanish-Spanish"すなわち、スペイン直系の古いスペイン語、"Castellano"(カステラーノ)と呼ばれる言語なのが特筆すべき点である。南米・カリブで話されている現代的なスペイン語とは、特定の単語や、発音に違いがみられるとのことでこれもまた興味深い。またパランとひとことで言っても、歌詞のテーマや演奏スタイルの違い、例えば、主にキリスト降誕について歌うもの、もう少し歌詞のトピックが自由なもの、楽団の人数の違い、歌い手の技量により曲の長さや内容が決まるもの、などのように実はさらに分類されるそうだ。もっとも今日では、その明確な違いを理解できる人間はそういないとのことである。
さて、ここまでお話ししたのは伝統的なパランについてだったのだが、今時のパランというのはどんなものか。もちろん昔ながらのパランも代々受け継がれ、一種の伝統芸能として続いており、地方の小さなグループから、毎年、国が主宰しているコンテストに出場するような大きなバンドまで様々に活動を続けている。一方で、カリプソからソカが生まれたように、パランも他の音楽の影響を受けてまた新しい方向へと発展してきている。スペイン系カトリックの伝統から離れて、より非宗教的、世俗的な要素が反映されるようになり、今では様々な宗教的・人種的バックグラウンドを持つミュージシャンが、各人それぞれ違った形のパランを演奏している。
例えば、ソカとカリプソがパランと混交してできあがった、Soca-Parang(ソカ・パラン)は、クリスマスの時期になると大人気を博している。歌詞はスペイン語ではなく英語で歌われ、今日我々が想像する、アメリカナイズされた典型的なクリスマス、すなわちサンタクロースが登場しプレゼントが山盛り、という状況を歌ったものから、時にはカーニバル時期のソカやカリプソのようにwiningや女性についてのきわどいトピックを扱ったものまで、本来の厳粛なクリスマスとはかけ離れた内容のパランが次々と生み出されている。さらには、トリニ人口の半分近くを占めるインド系国民の愛好する音楽、Chutney(チャットニー)もパランと合体し、チャットニー・パランも登場してきている。近年では、ラテンミュージックのヒット曲のパラン・バージョンなるものも人気とか。
そんなバラエティに富んだ音楽、パラン。ひと味違ったクリスマスソングはいかがでしょう?(クリックするとWindows メディアプレーヤが立ち上がって再生が始まりますので、オフィスや学校からアクセスされている方はご注意を。)
まずは伝統的なスタイルの、正統派パランから。近年、惜しまれつつ亡くなったパラン界のスター、今でも『パランの女王』として人気が高い、Daisy Voisinの曲からお聴きいただきたい。もちろん全編が、古いスペイン語です。英語圏のはずのトリニに、こういった音楽が存在しているというのが実に面白い。
Hoorah Hoorah - Daisy Voisin
El Ciaman - Santa Rosa Serenaders
Vamos Vamos Vamos - Sharlene Flores
続いて、カリプソの大スター達によるモダン・バージョンのパランを何曲か。パランのソカ化に関しては、言わずと知れたカリプソ界の人間国宝、Lord Kitchener(ロード・キッチナー)が元祖である。その他ベテラン・カリプソニアンでは、このブログにも何度か登場している、Scrunter(スクランター)や、Baron(バロン)<彼等については
過去ログを参照>がパランの名手として名高い。Scrunterは今年9月にお会いした時、11月にパランだけのレパートリーのコンサートをやるからおいでと言ってくれたのだが、結局行けなかったので残念!ちなみに、彼の有名なパランのヒット曲、"Piece Ah Pork"(ハムが食べたい)や、"Homemade Wine"(手作りワイン)といった曲は、題名こそクリスマスのメニューになっているが、もっと違う食べ物について(爆)の曲です。カリプソニアンらしく、ダブル・ミーニング(掛詞)はお家芸。Baronは、徹底して女性讃歌を歌い上げる人なだけに、パランもスウィート。さらには、Machel Montano(マシェル・モンターノ)のようなソカの若手トップスターにも、パランによるヒット曲がある。どうやら、こちらはかなり若い時の録音のようだ。
Drink A Rum - Lord Kitchener
Piece Ah Pork - Scrunter
It's Christmas - Baron
Soca Santa - Machel Montano