(前回からの続き)
そしてこのドキュメンタリーの中で白眉ともいえるのが、Kitchが盟友、Lord Pretender(ロード・プリテンダー)とふたり、Savannahの草地で、共同所有している競争馬を眺めながら語り合うシーン(トリニでも、競馬は盛んなのだ。)この二人、人生のほとんどを一緒に過ごしてきたという大親友同士。まさに、あうんの呼吸といった間柄なのが見てとれる。『ふたりして、いい音楽をたくさん作ってきたよね』と語り合う、老境に入った二人のカリプソニアンの、これぞ男の友情!みたいな空気が伝わってきて観るものの心を打つ。
この、KitchのマブダチであるLord Pretenderという人だが、ある意味、究極のカリプソニアン、真に伝説的なカリプソニアンとして知られている。レコードという形で現存している録音は数すくないのだが、それもそのはず、この人は "extempo"(エクステンポ)の名手であるのだ。エクステンポとは、同じトラックに即興で歌を乗せて競い合うカリプソの1スタイルであるが、どこかで聞いたことのあるような状況ではなかろうか? そう、ヒップホップである。ラップのフリースタイルというのは、実はこのカリプソのエクステンポがルーツであるということは、研究家以外にはほとんど知られていない事実ではなかろうか(この話題については、あらためて詳しく記事に書いてみたいと思っている)。ともかくも、フリースタイル=即興の名手ということで、やんやの喝采の中、その場での勝負になるわけだから、元来、extempoはスタジオで録音するようなものではないわけである。
そのPretenderとKitchでは、名声の高さや社会的成功のレベルもまあ、事実違うわけなのだが、最も違うのが、カリプソニアンとしてのスタンス。Kitchは鋭いビジネス感覚を持ち合わせている人で、ソカが登場してカリプソでは最早レコードが売れないとなると、すぐさまソカのスタイルで曲を発表して大人気に。徹底したショーマンシップの持ち主なのである。かたやPretenderは、昔気質のカリプソニアンとしての生き方を貫いた人で、ふたりの会話の中でKitchが、『ソカはビートを重視した音楽で、たしかに歌詞はそれほど重要ではないね』と言うと、Pretenderは、『俺にゃ(ソカのどこが良いのか)わかんないね』とボソリつぶやく。この対比が非常に興味深いのだ。
Kitchのいうように、いくら良い音楽を作っても、コンサートに人が来なきゃ意味がないというのも一理ある。『セルアウト』だという批判的な見方もあるかもしれない。が、事実、芸術家も生活していかなければならないわけだし、Kitchは長年に渡って多くの人たちを楽しませてきたのだから、決して間違った生き方とはいえない。そしてまた、Pretenderのように、ひとりの表現者として己を極めるべし、周りに惑わされる事なく己の信じた道で鍛錬に励むべしという、かたくなで武士道的な生き方だって悪くない。そういう人が居てくれないと、芸術というものが根本のところで崩壊してしまう。
凡人の立場から言えるのは、二人とも素晴らしいアーティストであるということだけだ。エクステンポの名手、Pretenderがその場で早速、"True True Calypsonian"(ホンモノのカリプソニアン)という曲を即興で歌い出すのだが、これがまた良い。一見、地味なシーンだが、実に味わい深い。Kitchが傍らでベースラインを『ボン、ボン♪』と口ずさみ、どこまでも広がる青空の元、ふたりの伝説的カリプソニアンの究極のコラボが実現するのだが、このさり気ないワンシーンに、カリプソの真髄を見るような気がしてしかたないのだ。訥々と語りかけるPretenderと、彼の詩に相づちを打つかの如く、ベースラインを畳み掛けるKitch。カリプソ・ファンとしては至福の思いで、固唾をのんで見入ってしまった。カリプソという音楽が、歴史の重みから、日々の生活での出来事や、理想や夢、さらには個人の感情まで、ありとあらゆるものからインスピレーションを受けて取り込んで、それらをいかに詩に変換しリズムで彩り、等身大の『楽しめる』アートとして昇華してきたかという、豊かさ、深さを感じた。そして、どうかこの先も、流行がどんなに移り変わったとしても、カリプソというアートフォームがずっとずっと続いていってほしいと願わざるを得ない気持ちにさせられた。
ドキュメンタリーの後半は、年に一度のカーニバルの前夜祭で行われる、国で一番のカリプソニアンを決めるコンテスト、"Calypso Monarch"(カリプソ・モナーク)の1986年度・決勝戦の模様がハイライトとなっている。前年チャンピオン、Black Stalinの連続受賞なるかという期待が高まるなか、脅威の大型新人が登場し優勝をかっさらっていったという歴史的な一夜の模様が収められている。そして、この夜の話題を独占した優勝者こそが、トリニのボブ・マーリー、我らがヒーローのDavid Rudderなのだった。永遠のカリプソ・クラッシック、"The Hammer"を若き日のRudderが熱唱する姿は、カリプソ新時代の幕開けを宣言するかの如くで、観ていて非常にワクワクさせられる。もちろん、この映像は20年近くも前の出来事ではあるが、当時、彼のカリプソのスタイルは、歌詞の点でもサウンド面でも非常にモダンで真新しいものとして注目を集めたのだ(そして個人的には、未だに誰も、彼がこの時示した創造性を越えていないと思う)。
面白いのは、この大会の司会を務めていたKitchが、Rudderが "The Hammer" を演奏している最中、観客の反応を見て思わず、『しまった、やられた』という顔をするところ。というのは、Kitchは自分の愛弟子のひとり、Black Stalinをイチオシしていたのである。司会のKitchが、『今年の優勝者は…驚くような結果です、David Rudderです!』と叫ぶと、受賞曲のイントロが鳴り響くなか、Rudderが彼のクルーを引き連れて颯爽と舞台に登場するところなどはとても感動的。同時に、楽屋裏でがっかりする他の出場者 (Stalinはじめ、Dukeなど)の表情も印象的(笑)。この大会でカリプソニアンとしての最高の栄誉であるMonarchを手にするまでは、Charlie's Rootsというバンドのボーカル(しかも、病気のメンバーの代打)としてしか知られていなかったDavid Rudderが、一夜にして大スターとなった貴重な瞬間がここに捉えられている。
当時、相方は中学生ぐらいだったのだが、この時の会場に居たそうで、地元、Belmont地区からスターが出たということで狂喜の大騒ぎになったことを良く覚えているとのこと(それにしても羨ましい話である、相方よ)。特に、この映画では残念ながら割愛されているが、カップリング曲として歌った"Bahia Girl"の時の盛り上がりは凄まじかったそうだ。そして後日談だが、この年、Calypso Monarchに加え、Road March(ロードマーチ・その年もっとも支持された曲)までも、初出場ながら一気に独占してしまったRudderはその後、事実上、コンペティションからはきっぱり引退してしまった、というのもまたカッコイイではないか。この時がRudderにとって最初で最後の大会となったのだ。その意味でも貴重な映像だ。
合間で、当時のいかにもオールドスクールなMas(仮装)の映像なども挿みながら進行していくが、"Rat Race"というテーマの歴史的に有名な衣装(マス・デザイナーで、第一人者の巨匠、Peter Minchelによる)も映ったりと、現代の、ビキニ&ビーズでイケイケ・プリティ・マスとはひと味も二味も違う、よりプリミティブかつ舞台衣装的な面白さが光るパレードの様子や、スティールバンドの準備風景などが映し出されて、トリニ音楽ファン、カーニバルファンにはたまらないだろう。今も20年前も変わらないのが、皆、ダンスも音楽も、そしてカーニバルもbacchanalも大好きということだろうか。
カリプソ・モナークの模様の他には、Kitchが、"Pillow Talk"という面白コミックソングで、実際に枕を持ち出してきて美女二人と大立ち回りを演じるステージの模様や(ちなみに、あとから登場する二人目のダンサーのwineが、トリニとは思えないほどあまりに下手でびっくり)、Calypso Roseがパーティで歌い、ノリノリの観客が皆ステージに上がってしまうシーン、Sparrowの肝煎りでデビューした美少女カリプソニアン、Natasha Wilsonが学校の教室で級友たちと歌う様子など、カリプソ・ファンなら見逃せない映像が盛りだくさん。また、非常に興味深いのが、何故カリプソは海外で受けにくいか、を、Kitch自らが語るというもの。彼によれば、ビートが独特だからなのだそうである。トリニダディアンは、カリプソのビートと共に生まれ育ち、体に染み付いているから自然と踊れるけれど、カリプソ&ソカ独特のタイミングを外して弾む変則ビートが、欧米人にとっては彼等の知っている一般的なズン・ズン・ズン、という規則的にリズムを刻む音楽とは違い、新奇なものに感じられるから、親しみにくいし踊れないのだろうとのこと。なるほどである。筆者なんぞは、欧米人からすると特異体質なのだろうか。あの跳ねるビートの空き間に腰がすっぽり嵌まってしまったあげく、この先もう二度と抜け出せなさそうな見込みであるが。
そんなこんなで最後は再び、Kitchがスティールパン絡みの名作、"Pan Here to Stay" を熱唱するステージとカーニバルの映像とを交えながら、パンの音色が大迫力で響き渡る中、色とりどりの豪奢な衣装を身につけたカーニバルキング&クイーンの晴れ姿と共に幕を閉じる。まさに大充実の1時間32分。ああ、また最初から観たくなってきた。
そして結果としては、本当に、男子高校生の間で頻繁にやりとりされた裏ビデオの如く(爆)、ディスクの読み取り面が傷だらけに。相方曰く『観過ぎた』とのことなのだが… 余程、パソコンで見たりTVで見たり、友だちの家に持っていったりと(でも大事なモノなので絶対貸さない・爆)、頻繁に出し入れしまくったらしい。おかげで、一部のシーンでモザイクかけたみたく画面が荒れるんですけどっ!責任取れっ!…そういえばこの間、ヨドバシカメラで、ディスクの傷、修復しますみたいなキットが売ってたので、次回の来日時には是非とも購入しようと思っている。このDVDのためだけにねっ。(Chillさん、せっかくのDVD、こんなことになっててゴメンナサイ…)